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狂言「土筆(つくづくし)」

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先日、京都芸術文化会館にて狂言ワークショップの最終日に「土筆(つくづくし)」の発表会がありました。
応(アド)は大蔵流狂言師の網谷正美先生、仕手(シテ)は私が勤めさせてもらいました。前日に知ったのですが、狂言の舞台ではメガネやアクセサリー類は厳禁で、全て外して演じなくてはなりません。という訳で、ほとんど観客の顔を識別出来ないので、あまり緊張せずに演じる事ができました。

しかし、舞台など小学生の学芸会以来。スポーツでは、剣道、体操、モトクロスなど観客の前に立つ事はあったのですが、今回はやや勝手が違います。どういう気分で臨めば良いのやら迷っていた所、ワークショップ仲間から色々なアドバイスが・・。一つは「無理に笑いを取りに行くと滑った時に焦るから、無理をしない。とにかく自分の世界に没頭する事、その結果笑いを取れれば良しとする。」という高田君。そして「シテはとにかくハイテンションで演じないと駄目。台本上アドはシテよりもテンションを上げられないように出来ているから。」という中島君。あと「声をわざと小さくして変化を付けようとせず、大きな声で演じるように。」という網谷先生。

結果、私の作戦はとにかく全力で演じる事。気分として一番近いのは剣道のぶつかり稽古。やはりそれはスポーツと同じではないのか??と思いながらも、終わってみれば先生の抜群の間合いと、全力でやった甲斐あって少し笑いも取れたようでした。

発表会後の打ち上げで、「狂言役者は、一般的な喜劇の演出と違って笑わせようという意図を持って演じてはいない。声や台詞の力によって、真面目に演じる事が結果として面白さを生み出すのです。」と網谷先生が言われていたのが印象的でした。という事は、私の作戦はあながち間違ってはいなかったのでしょうか?いや、多分もっとハイレベルな話なのだと思いますが、古典芸能の奥深さを少し知る事が出来た楽しい1ヶ月でした。